オレンジデイズ(2)
いろいろと話題の「オレンジデイズ」…。
結局、しっかり見ちゃったりしてます(笑)。
聴覚障害者の立場から見ていると、中途失聴者とろう者を混同しちゃってるようなシーンの連続に、かなり困惑しちゃってます。
たとえば、小学校高学年以降に聴こえを喪った中途失聴者の場合、聴こえを喪ってからたった4年で、「おかしいよぉ」って他人から笑われるほど発音がおかしくなる、なんてことはまずありえません。なぜなら、それまでの間に、日本語を使いこなすための3大基礎能力(読む・書く・話す)は修得できちゃってるから。
ろう者の場合はその基礎能力が欠けてしまってるために、発音がおかしかったり、「てにをは」の使い方がおかしかったりしますけど、う~ん、これと混同しちゃってるとしか思えない…。
っていうか、「聴覚障害者=発音がおかしい」って短絡的にとらえられちゃうと、ちょっと困るなぁ。
沙絵(柴咲コウさん)の周りの人たちがみ~んな手話の読み取りが上手!、っていうのも、現実にはありえない…。
沙絵自身もやたらと手話がうまいけど、これも、現実にはちょっと無理がある設定だなぁ。第一、中途失聴者の場合には、手話を使うよりも口できちっと話す、ってことのほうが多いですし(但し、もちろん、個人差はあります。)。
「オレンジデイズ」「光とともに…」「電池が切れるまで」「仔犬のワルツ」など、この春の新番組は、やたらと障害児・者や難病者を題材にしたものが多いですけど、う~ん、それぞれの障害を的確に描写したものって、結局、ないんですよねぇ(「電池が切れるまで」は比較的丁寧に作られてると思いますけど、内容が重過ぎるのが欠点。)。
健常者自身が脚本を書いてるせいなのかなぁ?「これは違うぞ!」っていうシーンが多かったりしますし、取材不足を感じさせられることもしばしば。
では、もし仮に障害者本人が脚本を書いてたら?
必ずしも「障害を正しく伝えられる」とは限らないでしょうけど、少なくとも、健常者の視点から作られたドラマとは違ったものになるはず。そういうドラマを見てみたいな、なんて思います。
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コメント
はじめまして。偶然辿りつきました。八重というものです。
オレンジデイズは最近かなりはまっているドラマなので、
興味深く読ませていただきました。
誤解されたくないという気持ちはわかりますが、
手話がうますぎるとかそこまで言ったらドラマにならないのでは・・
というのが本音です。
たいていのひとは、現実と多かれ少なかれ異なるということぐらいはわきまえてみていると思うのですが。(このドラマに限らず。)
そんなに過敏にならなくても大丈夫ではないかと思うのですが、どう思われますか?
投稿: 八重 | 2004/04/29 06:56
八重さん、こんにちは。
コメントをありがとうございます。
う~ん…。
そうですねぇ、「手話がうま過ぎる!」とか何とか、いろいろと重箱の隅をつついていたら、確かにドラマが成立しないかもしれませんよね。
ドラマと現実とは、多かれ少なかれ異なる…。そして、たいていの人はそれをわきまえて見ているはず。
その考えは、正直言って、私も同じです。ですから、八重さんが言わんとしていることもよくわかります。
でも、ドラマが現実の社会に与える影響にはとても大きいものがある、ってのも事実だと思うんですよ。
とするなら、まぁ、ある程度までの脚色はしかたないとしても、基本的な線だけはできるだけ正確に伝えてもらいたいなー、と思いますねぇ。
八重さんは、日常的にろう者や中途失聴者と接してますか?
おそらく、答えは「NO」だろうと思います。
八重さんに限らず、たいていの人がそうなんじゃないかな?
だとすると、「耳の聴こえない人」たちのことを知る手段の1つとしてドラマが選ばれる、ってのは、当然のこととしてありえますよね?
だったら、やっぱり、できるだけ正確に伝えてもらわないと、「耳の聴こえない人」たちの姿が誤って伝わってしまう可能性があるのでは? そしてまた、もし実際に現実の社会で彼らに接したときに、ドラマの中のように誤って接してしまう可能性もあるのでは?
そんな気もします。
いかがでしょうか?
たかがドラマ、されどドラマ…ですねぇ。
投稿: まろくん | 2004/04/29 11:10
初めまして。
私も2年間、手話教室に通ったことがあるので、最初は、やっぱり「大学の授業で習っただけ。」の櫂君のうまさには、苦笑してしまいました。手話の読みとりは難し~い!!せめて「身内に聴覚障害者がいる」っていう設定ならよかったのになあと、自分ができないからなおさら思っちゃいましたよ~!
でも、あの2人の“機関銃のような手話”は、大好きです。
ああ、かっこいいな。やっぱりあんな風に手話が出来るように頑張ろう!ってやる気が出ました。
だから、このドラマを見ている人達も、手話に興味を持つし、もしかしたら始める人もでてくるかもしれない…。
同じ北川作品の「愛しているといってくれ」では、常盤貴子が一生懸命好きなヒトのために手話を覚えたのですが、私は、それを見て「いつか手話を覚えよう!」と思い、始めた1人ですから…。でも、手話の道のりはまだまだ険しいです。
投稿: シェリー | 2004/05/01 10:45
こんにちは。丁寧にお答え下さり、ありがとうございます。
私は、おっしゃるとおり、日常的にろう者や中途失聴者と接してはいません。
だから、甘い考えを持っているのかもしれませんが。
ドラマだからといって誤った情報を流していいというわけではありませんが、個人的には「それでいい」と思ってしまう部分もあります。
(私も、シェリーさんと同じく、見ていて、手話かっこいいなあと思います。)
私も、自分が当事者として関わったことのある世界なら、いろいろなドラマで、ありえないよ!って突っ込みをいれたりしているときもあって(医療系の学生だった時期もあり。。)、しっかり伝えてよ!だから誤解されるんじゃん!、っていうきもちはよくわかるんです。
うまく言えないですけど、それを言ったらドラマになんないっていう部分と、正確に伝えなくてはいけない部分の、折り合いみたいなのはむずかしいなーと思います。
ただ、「オレンジデイズ」には、中途失聴者の方もろう者の方も関わってらっしゃるみたいですし、HPにも「日常は手話より口話が多い」などとありましたし、そのへんは踏まえた上で作られているんだろうなあとは思いました。
それと、質問なんですけど、違う部分も、もし耳の聞こえない方とお話しする機会があったときに、あのドラマ見たんですよ、ほんとにこうなんですか?とか、話のきっかけみたいにするのは、よくないですか?
あと、誤った認識をされて実際に困ることは何ですか?
なんかずれたかもしれません。うまくまとめられなくて(しかも偉そうなこと言って)、すみません。
投稿: 八重 | 2004/05/01 16:03
シェリーさん、こんにちは。
コメント、ありがとうございます。
手話ですけど、健常者の場合、「大学の授業で習っただけ」だったら、とてもとてもあそこまですらすらとは読めませんよぉ(苦笑)。
まぁ、そのへんはドラマなんで、目をつぶったほうがいいのかな?
「機関銃のような手話」っていう印象でしたか?
ろう者同士の手話の場合は、確かにそうかも。手話を繰り出すスピードには、もう、すごいもんがありますもん。
でも、中途失聴者の場合には、う~ん、さすがにそうはゆかないことが多いですね。
それと、ろう者の手話は「日本手話」といって、一種独特の文法みたいなものがあるんです(喩えて言えば、英語に近いかなぁ?)。
これに対して、手話教室で教えている手話や中途失聴者の手話は「日本語対応手話」といって、全く異なるものです。
「日本手話」の場合には語順に全くとらわれませんし、省略も多いんですけど、「日本語対応手話」の場合には、しゃべるときと同じ語順で細か~く表現します。
なので、あまり知られてないと思いますけど、実は、手話がお互いに通じなかったりすることもあるんですよ!
そういったことも知ってもらえるといいなー、って思います。
聴覚障害者にとっては、少しでも手話をおぼえていただけるともちろんうれしいんですけど、それと同時に、やっぱり、ろう者と中途失聴者の違いをきちっと知ってほしいな、って思います。
よろしくお願いしますネ。
投稿: まろくん | 2004/05/02 18:43
八重さん、こんにちは。
こちらこそ、丁寧にコメントして下さってありがとうございます!
何て言ったらいいのか、身近なドラマを通じて、少しでも手話や聴覚障害者に興味を持ってもらえたら、聴覚障害者としては、やっぱりうれしいもんです。
とは言っても、やっぱり「ここ、違うじゃん!」って思っちゃう部分はあるわけで。
でも、できるだけ脚色を省いて現実に忠実に表現しよう、としたら、ある意味で、確かにドラマにならないでしょうねぇ(苦笑)。
そのへんがむずかしいですよね…。
ただ、少なくとも、手話などに関心を持ってくれる人は増えるでしょうから、あんまりうるさいことは言わずに、「それでよし」としたほうがいいのかなぁ?
> それと、質問なんですけど、違う部分も、もし耳の聞こえない
> 方とお話しする機会があったときに、あのドラマ見たんですよ、
> ほんとにこうなんですか?とか、話のきっかけみたいにするの
> は、よくないですか?
いいえ。
私見ではあるんですけど、むしろ、どんどんと「話のきっかけ」にしてみたほうがいいんじゃないかなぁ?、って思います。
そうすると、聴覚障害者がほんとうに困っていることがわかるかもしれないですし、手話表現の地域差(実は、方言のようなものが多いんです。)にも気づけると思いますよ。
> あと、誤った認識をされて実際に困ることは何ですか?
1つ目は、耳元で大きな声で話すと伝わる、って思われている点。
はっきり言って、これじゃあダメなんですよねぇ。
聴覚障害者の正面で、大きく口を開けて、ゆっくり、力強くしゃべって下さい。
あと、一言一言区切って単語で話されるとかえってわかりづらいことが多いので、むしろ、ひと続きの文章としてしゃべって下さい。
そうしていただくと、こちらとしては前後の文脈からも判断できるんで、より話の内容がつかみやすくなるんですよ。
2つ目は、聴覚障害者だったらみんな手話が使える、って思われている点。
これ、間違いです。
むしろ、手話を使える聴覚障害者のほうが少数派なんですよ。意外でしょ?
大事なのは、手話にこだわらずに聴覚障害者とコミュニケーションしてゆこう、っていう姿勢だと思います。
そして、特に強調しておきたい「3つ目」。
これは、子ども(というか、幼児かなぁ?)扱いされること。
子どもと話しているときのような口調で話しかけられるんですよ。大人扱いされないんです。
聴覚障害者に限らず、障害者は、そういう扱いを受けている人が実に多いですよ。
すごく困惑してしまうんで、私たち障害者の自尊心を傷つけないように心がけていただけると、とってもうれしいです。よろしくお願いしますネ。
> なんかずれたかもしれません。
> うまくまとめられなくて(しかも偉そうなこと言って)、すみま
> せん。
いえいえ。
むしろ、積極的に関心を持っていただいて、うれしかったです。
これからもよろしく。
投稿: まろくん | 2004/05/02 19:08
文章で喋ったほうがわかりやすい、などはちょっとびっくりしました。
やっぱり私たちの想像するものと、実際は違うんだなーと改めて思いました。
質問に答えて頂き、また貴重なお話をありがとうございました。
投稿: 八重 | 2004/05/09 19:34
私もかなり最近はまってみているドラマです。
恋愛・青春という点でも注目しているのですが、私も右耳がほとんど聞こえなく、左耳も軽度の難聴なので、沙絵のことを感情移入してみています。
やっぱりドラマみたいなことはありえないと思い、軽く見るべきではないでしょうか。
ドラマはドキュメンタリーではないのですから。
投稿: あみ | 2004/05/13 21:50
あみさん、こんにちは。
コメントをどうもありがとうございます。
> やっぱりドラマみたいなことはありえないと思い、軽く見るべ
> きではないでしょうか。
> ドラマはドキュメンタリーではないのですから。
まぁ、ある意味では「一理ある考え方」かもしれませんねぇ。
でも、では、ドラマの中にわざわざ聴覚障害者を登場させたわけは?、って考えたことはないですか?
作者は、おそらく「聴覚障害者の抱える何か」を伝えたいんだと思う…。心の葛藤や生きざまとか、そして、もちろん、恋愛や青春もネ。
とすると、ある程度はちゃんと描いてもらわないと、正しく伝わってゆかないんじゃないかなぁ?
私はそう思いました。そういう考え方って、ヘンかなぁ?
ここだけはちょっと強調しておきたいんですけど、ろう者と中途失聴者・難聴者とでは、心の葛藤も生きざまも、かなり異なっている現実があります。
それがドラマの中でもうちょっと描かれていたらなー、っていうのが、やっぱり「私の本音」だったりしました。
ただ、ドラマは決してドキュメンタリーではない…。
うん。いいことをおっしゃいますねぇ。そのとおりですよネ。
ドラマでなければ描けない、っていうものも多いと思いますし、細かいところを抜きにすれば、「オレンジデイズ」はよく練り込まれて作られている、そんなドラマだと思います。
投稿: まろくん | 2004/05/14 00:11
こんにちは!
最近やたら「障害者ネタ」のドラマが多いですね。実際の事柄と若干異なって「美談」として描かれがちですが、これも障害者やその家族の心情や生活状況を理解してもらえる一歩なのかもしれません。
私も障害者ですが、健康な人と何ら変わらない生活をしています。…と言ってもできないことがあるので、それは周りの方々に助けてもらっています。頼るだけではなく、支えあって毎日を過ごしている感があります。感謝。。。
「オレンジデイズ」の中で小西真奈美が演ずる女性が「沙絵」に“声を出して話そう”と言ったシーンがありました。なんて切ない言葉なんでしょう!ひどい・ひどすぎる…と思ったけれど、その言葉で相手が傷つくとは思っていず、良かれと思っているからなおのこと悲しいシーンでした。
…でも、一般的には障害者を取り巻く環境を理解できないんでしょうね。例え…肉親でも…。
関係ないことですが…私のモットー。
“障害”は一生の親友。仲良く共に生きなきゃ。。。
障害者で何が悪い!
…過激な“青芝系”の小心なyakkoでした
投稿: yakko | 2004/05/16 09:23
yakkoさん、こんにちは。
コメントをありがとうございます。
確かに、障害者をネタにしたドラマがやたら多いですよねぇ。
細かく見てゆくと「あれれ?」って思わされるシーンも多いんですけど、まぁ、そのへんは目をつぶろうと思っています(苦笑)。
それより、障害児・者の生活に少しでも目を向けてもらうための1つの契機になればいいな、と。もちろん、それほど甘いもんじゃあないとは思いますけどね。
ところで。
周りの人たちに的確に助けていただくと、障害者でも、健常者とさほど変わりのない生活が送れますよね。
「できることとできないこととがある」。
これは、何も障害者の専売特許じゃあなくって、健常者でも同じですよね?
だから、結局はみんな同じ。私はそう思います。
要は、お互いがひとりひとり助け合い・支え合ってゆければいいな、って。これって大事ですよネ。
子どものときから、親御さんや周りの大人たちがしっかり教えてゆく必要もあるんじゃないかな?、とも思います。
さて。
小西真奈美さんのセリフの件。
あれ、ほんとうのことを言うと、実はすごく大事なことなんですよ。特に中途失聴者の場合には。
ですから、実は、小西さんの言ったセリフは、間違っていなかったんです。
沙絵は、決して「ろう者」じゃあありません。そして、「中途失聴者」(沙絵もそうです)の場合、手話を利用するシーンよりも、音声言語(話す・聴く)を扱う場のほうがはるかに多いんですよ。
なので、「声を出して話す」っていうことをしないでいると、実際の生活にかなりの支障が出てしまいます。
声が出なくなっちゃって、話せなくなっちゃう場合さえありますよ。また、中途失聴者の団体では「聴こえなくても、声を出して話すように!」って推奨しています。
素人目に見ると、小西さんのセリフは「ひどい」「ひどすぎる」って思えたかもしれませんけど、私としては、ひどいセリフだとは思いませんでした。
但し、私が上記で説明したような理由がドラマの中できちっと説明されてたとは決して思えないですし、yakkoさんのような感じ方が一般的ですよね。
そのあたりが、障害者ドラマのむずかしいところかもしれません。
最後に、私のモットーも。
「動いてゆかなければ、障害者福祉は何も変わらない」
「訴えてゆかなければ、障害者施策は何も変わらない」
ただただ「ああしてくれない、こうしてくれない」って愚痴をこぼしてるだけじゃダメ。
ホームページでもネットの掲示板でも何でもいいですから、自分の考えていること・感じていること・思っていることを表現してみる…。それが“世論”を動かすことになるんじゃないかな?、って思っています。
それでは。
またお越し下さいネ。お待ちしています!
投稿: まろくん | 2004/05/16 16:36
初めまして、障害福祉~かざぐるまさん。
たんぽぽです。
障害福祉のお話、興味深く拝見しました。
私も以前、聴覚障害者に係わりを持ったことがあります。
3年間、手話の勉強もしてみました。そして、交流にも加わり、いろいろなことに参加もしてみましたが、障害者と健聴者の溝は埋めることがむずかしく、自分には無理を感じた時、降りました。その時点で手話もお返ししました。(^^;)
投稿: たんぽぽ | 2004/05/20 08:56